「電気機器やテント、コンロ、燃料は持たず、米と調味料を背に、山菜を取り、岩魚を釣りながら山を登る、サバイバル登山」。
登山用に整えられ踏みならされた登山道からは外れ、地図を読み、水場を探し、自らの手で山菜や魚などを現地で採取し、テントも持たず小さなタープとゴザなどで夜を越える。電子機器も持たないので天気予報も分からず天気にも大きく左右されながら、残りの行程と食料とを考慮してその日その日の野営地を探す。自然と自らの身体との間に介在する人工物をなるべく排して、出来る限り「フェア」に、丸裸で向き合うことを目指すサバイバル登山を実践する著者・服部文祥。
これは、そのサバイバル登山のなかで見つけた昔の山人たちの痕跡をたよりに、彼らの登山記録を読み解き、その足跡を真似して出来るだけ同じ目線で歩いてみることで、近代の登山が便利さと引き換えに何を失ってしまったのかを考えた1冊。
今で言う「縦走」という登山スタイルを初めて行ったとも言える、1909年の田部重治と木暮理太郎の、奥多摩•笹尾根への登山。
1915年と1916年に同じ2人(15年のほうは中村清太郎もいた)が行った、奥秩父•笛吹川への日本で最初期の「沢登り」。
江戸時代、領地確保と資源管理のために加賀藩が黒部の山奥に送った使役が、1648年に現在は道がない越中側から登った後立山(鹿島槍ヶ岳)。
ほかにもウェストンの登山や上田晢農の登攀、「岳人」を創刊するきっかけとなった伊藤洋平と池田孝蔵と杉山喜一の山行など、彼らの経路を探し確定し、近い季節と時間に似た装備でなぞり歩き、そこで触れた自然に対し耳を澄まして目を凝らす。その思索や推理の様子はまるで山を駆ける探偵のよう。興味関心のもとで徐々に考えを進めていく過程にも、その先で描かれる100年前の山行や山の風景にも単純に心が奪われます。
(以下、本文より)
「人間の身体はなにができるのか。スイッチポンで欲求のいくつかが解決したり、足りないものがあれば買いに行く、という生活の繰り返しのなかで、われわれの思考や発想の範囲が狭くなり、それがそのまま身体能力の限界になってしまってはいないか。」(P.97)
「自分が成功しただけではだめで、他人の失敗がいる、というのは自分のいのちを差し出さずに自分が死に近づいたことを証明するためである。(…)自己矛盾とともに登りつづける登攀者の行き着く先に、上田は希望と絶望を見る。」(P.142)
「何かを成し遂げて得た結果は、そのまま行為者を肯定する。山頂はただ単純に登った者を肯定するのだ。それが自分なりの特殊な能力を出した結果ならば、なおさらである。」(P.187)
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(書誌データ)
著者:服部 文祥
発行:東京新聞出版部
初版年月日:2010年10月
ISBN:978-4-8083-0938-1
紹介
テクノロジーを遠ざけて山に登る"サバイバル登山家"は、さらなる「手応え」を求めて、古の山人や明治の登山家の足跡をたどりはじめた。股引、脚絆にわらじという出で立ちで-。自由と野性に溢れる紀行文集。
目次
過去とシンクロする未来
一〇〇年前の装備で山に入る-奥多摩・笹尾根縦走
日本に沢登りが生まれた日-奥秩父・笛吹川東沢溯行
ウェストンの初登攀をたどる-北アルプス・奥穂高岳南稜登攀
鯖街道を一昼夜で駆け抜ける-若狭~京都北山・小浜街道針畑越
「ある登攀」を追いかけて-北アルプス・白馬岳主稜登攀
黒部奥山廻りの失われた道-北アルプス・小川温泉~鹿島槍ヶ岳
火を持ち歩くということ-北アルプス・鹿島槍ヶ岳北壁登攀~八峰キレット縦走